上海教育事情ブログ

上海の日本人向け教育事情についていろいろと書いていきます。学校、塾、語学教室、文化教室、スポーツ教室など。

小論文を書く前に

小論文を学ぶ上で本当に必要なことは……

「小論文対策をします!」というと、多くの人が求めることは「コツ」であり、試験で良い点(あるいは、文章を書くのが苦手だという人は合格点)を取るための方法です。当たり前ですよね。小論文が必要となるのは、日常生活上で何か問題があったり、学校の成績に大きく影響したりする問題があるからではなく、大学受験や就職試験という極めて具体的な目的を達成するためです。その具体的目標である「合格すること」が最も大事であり、その先のことまで考える必要性は感じられないからです。

 

しかも、試験に課されたとしても、書類や実績の方を重視し、小論文はそれほど重視せず形式的に課されているような試験もあって、この場合は無難な文章を書けば受かってしまうので、そうした誰でも書ける「コツ」があるかのように思われがちです。逆に、小論文重視の大学でも数カ月や、短いときには一カ月未満の準備期間で小論文を学んで受かってしまう人もいたりします。これも短期間で学べる「コツ」があるんじゃないかと思われてしまう一因です。こうした要因により、小論文は「コツ」があれば誰でも数か月、最短なら数週間で完成してしまう科目だと思われています。

 

正直、どちらの場合であっても、そもそも小論文を学ぶ必要はほとんどないと言えます。何も対策しないのは不安だから対策したいという「安心」のためだけに、塾や予備校で余計なお金を使ったり、学校の先生や親や先輩など他人の貴重な時間を徒に奪ったりするだけです。

 

もちろん、それでも不安になるという方もいます。そういう方は次のことをしてみてください。まず、小論文が重視されていない場合は、「5パラグラフ戦略」で十分ですので、インターネットで型を調べてみて、その通りに書けるようにしてください。それだけで無難なものがちゃんと書けるようになります。または、ある程度まとまった小論文を書ける人の場合は、もっと多くの本を読んで、その情報に対する自分の考えをまとめるようにしていれば語彙力や文章の妥当性が高まり、小論文の基礎力がつくので、それだけでいいです。

 

「じゃあ、小論文の対策って必要ないってこと?!」と思うかもしれません。それは、先に挙げたような、小論文が重視されていないときや、小論文を書く基礎力をもともと持っているときです。あなたがそのいずれでもない場合は、小論文を対策することは有効であると思います。つまり、「試験を受ける上で小論文が重要」であり、かつ「小論文を書く基礎力がない」というのであれば、もちろん対策すべきです。

 

いよいよ本題です。では、小論文を学ぶ上で本当に必要なことは何でしょうか。そのヒントはすでに出ています。そのヒントとは、誰にも教わらずに短期間で合格点に達する小論文を書ける人がいるということです。なぜ、この人たちはそんな小論文を書けるのでしょうか。それは、「普段から読んだり聞いたりしたものを理解した上で、自分が妥当だと思う答えをその都度持つようにしているから」です。もっと端的に言うと、「知識を得るごとに暫定的正解を持っているから」ということです。「日本の安全保障は…すべき」「環境問題は…すべき」といったその時点での正解を持ち、必要ならば新たな情報をもとに正解をアップデートするようにしているということです。

 

いろいろとゆっくり説明してきましたが、ようやく見出しに対する答えです。小論文を学ぶ上で本当に必要なことは、「暫定的正解」を持つために、普段から文章を精読したり、人の話を精聴することです多くの人は日々多くの情報を得ています。テレビやスマホアプリからのニュース、友達の話、学校の授業、問題集の文章などなど…。これらの情報を、自分の都合のいいところだけ聞くのではなく、しっかりと理解することです。そうすることで初めてその情報に対する是非(ときにはその両方や中間も)を答えることができるようになります。極めて自明なことですが、情報を十分に理解していないならば、それに対する思考や判断なんてできないわけで、もちろん何かを論じることなんてできないわけです。

 

「小論文の対策」としてすべきこと

もうすでに答えは書きました。普段から、現代文で取り扱う文章、あるいは新聞・雑誌などを読むときに精読をすること、そして授業やニュースなどを精聴することが小論文の最大の対策です。じゃあ、精読や精聴ってどうするのか、ということについて掘り下げてみます。

 

例えば、人工知能(AI)の可能性について特集したテレビ番組を見たとき、その番組の中から「人工知能は、人の仕事を奪う云々ではなく、あくまで人間の判断を手伝う道具だ」とか、「人工知能に対する違和感は、昔の人が初めて電話や飛行機を見たときと同じようなものなら、今の人たちはそれらに対する違和感がなくなっているように人工知能に対する違和感もなくなるだろう」といった話を聞いて、理解し、整理をしていきます。

 

整理ができれば、「将来、人間と人工知能はいかに共存するのか」と質問されても、その理解の上での暫定的正解を考えるわけです。「人工知能は人間と対立する存在などではなく、電話や飛行機などと同様、今まで人間にしかできないと考えられてきたことを助けてくれる便利な道具となる。例えば、論文の採点や面接の合否判定、仕入れの決定など、状況判断が必要となる場面で、より良い選択をする精度を高めてくれることになるはずだ」といった暫定的正解でいいわけです。もちろん、新たな情報を読んだり聞いたりしたときに、あくまでも暫定的正解は変わりうるわけです。

 

私も先日の小論文の授業で「臓器移植」についての問題文を読んだとき、そこでの論点は臓器移植という技術による「身体の公共化」の問題についてでした。臓器移植の技術的・倫理的改善とともに、システムによって人の身体が死とともに「接収」されるようになる方向へと向かっており、そこで起こることは、自分自身のものと思っている自分の身体が、公共のものへと変容していこうとしている、という内容でした。そうして整理していくなかで、「臓器移植」を人権問題として扱う視点を得られるようになるわけです。

 

次にそれに対して自分の意見を加えてみましょう。「筆者の言うように、われわれは技術の発展によって知らず知らずのうちに自分の体が自分のものでなくなるかもしれない時代に生きている。現状のままシステムに身体の公共化のゆくえを任せるのではなく、何らかの形で合意形成を目指すべきだ。例えば、もっと多くの人を巻き込んで広く議論するとともに、一人ひとりが自分の意志で自分の体を公共利用するかを決められるようにするなど、できることがあるはずだ」などです。これを暫定的な意見として、また別の知見を得て、新たな意見が出たらそれをアップデートしてきましょう。

 

小論文の対策、それはこうした情報をしっかりと聞いたり読んだりして整理するという精読・精聴の繰り返しです。精読・精聴を日々積み重ねたとき、小論文があなたにとっての強い武器になることは間違いないでしょう。