緊急事態宣言の延長による犠牲を無駄にしないためにすべきこと。
2020年5月5日現在、日本で緊急事態宣言が行われた2020年4月7日から約1カ月が経ちました。それと同時に、4日には5月31日までの緊急事態宣言の延長が安倍首相から発表されました。
「5月6日まで何とかと思ってきたが、もう限界」
「緊急事態宣言をしたときとあまり変わっていないので仕方ない」
など、様々な声があると思います。この緊急事態宣言による1カ月をみんなで評価し、日本が取るべき出口戦略の方針を提言していくことが必要だと思い、こうしてまとめようと思います。
1.緊急事態宣言の成果は十分にあった
専門者会議の資料(p1)によると、緊急事態宣言には以下の目的があります。
- 感染拡大を防ぎ、新規感染者数を減少させ、医療提供体制の崩壊を未然に防止することにより、重症者数・死亡者数を減らし、市民の生命と健康を守ること
- この期間を活用して、各都道府県などにおいて医療提供体制の拡充をはじめとした体制の整備を図ること
- 市中感染のリスクを大きく下げることにより、新規感染者数を一定水準以下にできれば、積極的疫学調査などにより新規の感染者およびクラスターに対してより細やかな対策が可能となり、市民の「3つの密」の回避を中心とした行動変容とともに、感染を制御することが可能な状況にしていくことが期待されること
つまり、「感染者数の減少、医療体制の整備、感染防止対策の強化」が中心です。以下で順に検討してみます。
1-1 感染者数の減少は成功している。
感染者数の減少については、全国の実効再生産数が3月25日に2.0だったのが4月10日には0.7に下がっており、東京においては3月14日における実効再生産数が2.6だったものが、4月10日時点では0.5まで下がっています。これは、感染の爆発的拡大を未然に防いだという点で極めて重要な政策であったと評価できます。(同, p3-4)
1-2 医療体制の整備は時間がかかる。
次に、医療体制の整備ですが、「重症者・中等症については対応可能な病床の確保を図るとともに、無症候や軽症例についてはホテル等での受入れを進めるなどがなされている(同, p5)」とあります。しかし、1カ月という短期間でできることには限界があり、今後に対しても指数関数的に患者が増えた場合には医療体制の整備でまかなえる範囲は限定的でしょう。
1-3 感染防止対策の強化はまだ具体的に示されていない。
そして、感染防止対策の強化です。5月1日には、「新しい生活様式の普及」や「クラスター対策の効率的な実施に向けた施策の推進」が発表されています。(同, p11-12) 5月4日の専門者会議では新しい生活様式の具体例も提示されました。(資料 p8)しかし、まだまだ曖昧な内容でしかなく、今後の専門家会議からの発信を待つ必要がありそうです。
さて、こうしてみてみると、緊急事態宣言自体の効果は1や2で測るべきであり、宣言によって少なからず日本での感染拡大を防いだと考えられ、十分な成果があったと思われます。一方で、緊急事態宣言後の日本の出口戦略は3が重要であり、まだまだ十分に議論されているとは言えません。5月14日以降に再度専門者会議が行われて出口戦略が発表されるといわれていますが、この延長の1カ月による犠牲を無駄にしないためにも、方針を早急に決め、体制を整えていく必要があるでしょう。
2.日本の出口戦略の現状=「クラスター対策+市民のモラル」という綱渡り
国の出口戦略は5月14日に発表されると思いますが、すでに吉村大阪府知事は独自に出口戦略の案を出しています。案の中で吉村知事は「病床使用率」や「陽性率」をあげました。
〉府は解除の基準として、医療機関のベッド数と入院患者数に基づく「病床使用率」を用いる方針。重症者向けは50%、中等・軽症者は60%を下回れば、段階的に解除する案を軸に検討。現在はいずれも下回っているが、陽性率なども参考に最終判断する考え。5月15日から適用する。
— 吉村洋文(大阪府知事) (@hiroyoshimura) 2020年5月2日
https://t.co/e2F48XS7Ef
医療キャパシティが十分に確保できていれば、再び感染拡大が始まったときにまた制限を厳しくすることで乗り越える方針のように思います。
つまり、緊急事態宣言によって「感染者の減少」と「医療体制の整備」を行い、今後は再び感染者が増えたら、また制限を厳しくし、感染者が減ったら制限を緩めるという「自粛と解除を繰り返し」を意識しているのでしょう。
一方、専門者会議では5月4日の提言のなかで、以下のように述べられています。
一人ひとりの心がけが何より重要である。具体的には、人と身体的距離をとることによる接触を減らすこと、マスクをすること、手洗いをすることが重要である。市民お一人おひとりが、日常生活の中で「新しい生活様式」を心がけていただくことで、新型コロナウイルス感染症をはじめとする各種の感染症の拡大を防ぐことができ、ご自身のみならず、大事な家族や友人、隣人の命を守ることにつながるものと考える。
つまり、今後の感染拡大を防ぐ方法として、第一には「新しい生活様式」を普及させるという「市民のモラルに期待する」というのが方針として掲げられています。その基本的な生活様式が以下です。
それに加えて2つ目には、クラスター対策の効率化や強化が述べられています。5月4日の資料には、以下の3点が挙げられていました。
① 感染対策業務の効率化等をはじめとした保健所支援の徹底
② 積極的疫学調査に従事する人員の拡充とトレーニング
③ ICT 活用による濃厚接触者の探知と健康観察(濃厚接触者追跡アプリなど)の早期導入
しかしながら、これら3点によるクラスター対策の強化は医療体制の整備と同様で短期的な成果は上がりにくい性質のものだと考えられます。
以上をまとめると、日本は医療に余裕を持たせたあとは、感染の再拡大を防ぐ方法は「クラスター対策」と「市民のモラル」に任されてしまっているのです。それが綱渡りのような、一歩間違えればすぐにみんなが転落してしまう状態に見えてしまいます。
市民のモラルが不十分で感染が再拡大してしまった場合、すでに私たちが経験したようにクラスター対策では追跡しきることはできません。そうなると、再度の緊急事態宣言を必要としますが、みなさんは果たして受け入れるでしょうか。
「再び経済活動を停止させることによって人が死ぬくらいなら、全員が感染してしまった方がマシ」のように、ノーガード戦法が支持される事態になりかねません。つまり、再び緊急事態宣言というカードを切るのは現実的には厳しそうであり、より強力な感染拡大の防止策がとられるべきです。
3.感染拡大を止めた中国、韓国は異なる出口戦略を選んでいる
では他の国の出口戦略はどうでしょうか。出口戦略は大きく分けて以下の4つの要素の比重を各国で決めているように思います。
①Test(発症者や接触者の検査)
②Trace(接触者の追跡)
③Isolation(発症者の隔離)
④Quarantine(接触者の検疫、隔離)
特に③と④の違いを明確にしておきたいと思います。CDCによるとそれぞれの定義は以下です。
Isolaiton:separates sick people with a contagious disease from people who are not sick.
Quarantine:separates and restricts the movement of people who were exposed to a contagious disease to see if they become sick.
「隔離」というときに、どうしても「感染者の隔離=Isolation」と思いがちですが、感染者を隔離するのは当たり前なのですが、今回の新型コロナウイルスでより重要なのは「接触者の検疫・隔離=Quarantine」の方であるように見えます。以下でそう思う理由を中国と韓国の出口戦略の違いをもとにして考察します。
3-1 中国=全員を濃厚接触者として扱って、国民総Quarantineによって完全グリーン化してからの経済再開
まずは、最初に感染爆発を経験した武漢やその他の中国の都市として上海について考えてみます。まず、2020年1月23日に武漢が封鎖されました。その後、1月24日以降には私の生活する上海でも実質的な都市封鎖が始まりました。
その後、上海は2月9日まで春節が延長され、企業活動も大きく制限を受けています。当時の上海は「外地から来た人への不動産の新規契約の禁止」や「外地から戻った人の14日間の自主隔離の義務付け」を行っていました。これらの対策自体は欧米の多くの国も採用しましたが、中国ほど徹底はしていなかったでしょう。
上海市外から上海に戻る人全員に14日間の自宅待機が命じられていたのですが、日本では埼玉や神奈川から東京、あるいは大阪から兵庫に移動した人全員が行き来するたびに2週間自宅で待機する必要があるようなものです。結果、市内での経済活動は1カ月後には再開され始めましたが、上海ではこの戦略をとったあとの実効再生産数は0.3ほどに劇的に下がっています。
参考:https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2020.02.21.20026070v2.full.pdf+html
武漢も同様で、感染爆発が起こった武漢ではそれが約2カ月続きました。人々は1世帯につき1人にだけが、3日ごとに家を出て食料を買うことができ、自由な外出は認められていませんでした。
ここで注目すべきは、上海や武漢では、新規感染者0人が14日間続くまで省や国をまたぐ移動、個人の外出を厳しく制限し続けたということです。ある種、感染者と接触した可能性が0ではない全員を一律で濃厚接触者扱いし、全員を強制的に自宅や施設で一律に隔離し、市内を完全なグリーン化することによって感染の連鎖を断ち切ったと言えます。
まとめると、中国は④Quarantineを、ほぼ国民全員を対象にして徹底して行いました。人の移動を強くコントロールするQuarantineには強力な私権の制限が必要で、中国でなければできないと思うかもしれませんが、上海のように感染者が少ない地域であれば、1カ月弱でグリーン化が可能なので経済的なダメージや技術の導入コストなどを考えると、有効な選択のように思います。
事実、ニュージーランドやベトナムでは、中国と同様に国民全員に対して人の移動を強くコントロールするという「国民総Quarantine」で成功した事例だと考えられます。
3-2 韓国=Test,Trace,Quarantine を素早く行い感染連鎖の遮断する
一方で韓国はまた別の成功例として挙げられます。国民全員の移動の制限をとったわけではなく、感染の疑いがある人たちに対して、迅速かつ効率的に人々を検査し、発症者を隔離し、接触者を追跡して検疫しています。
※韓国の対策についてはこちらを参考にしています。
オックスフォード大学の論文から抽出したこのグラフは、横軸が「特定する必要のある感染者の割合」、縦軸が「特定する必要のある接触者の割合」を示しています。例えば赤い✕印は、「他の人を感染させる前に症状のある患者の60%を即時検査し、50%以上の接触者を即座に追跡して、検疫・隔離することができれば流行を制御できる」ということになります。
実際に、韓国では検査キットを自国で開発するとともに、ドライブスルー検査や電話ボックス検査などで検査を拡大し、1日平均でも15,000件の検査を行いました。これほどの検査拡大を迅速に行えた背景には、SARSやMERSの経験があったことが大きいと言われています。
参考:You Need To Listen To This Leading COVID-19 Expert From South Korea | ASIAN BOSS
しかし、韓国はその検査能力ばかりに注目が集まっているのではないでしょうか。韓国がPCR検査を拡大した背景に対して、国際感染症センターの忽那賢志医師は「患者が大量に出たので、多く検査をしたというのが実情だと思います」と述べており、その大量の患者を検査できたことは注目すべきであっても、検査を絞っている点では日本と変わらない面があります。(PCR検査の対象は「日韓で大きく異ならない」 新型コロナ患者を診る医師が報道を危惧する理由)
さらに、軽視されがちですが、韓国でもクラスター対策および接触者の徹底的な隔離を行っています。日本のクラスター対策班で、北海道大学の西浦教授が興味深いツイートをしています。
僕はただそのへんの8割おじさんですが、1つ重要ポイントをつぶやきます。現場で感染動態を調査してアドバイスできる接触者追跡調査のプロFETPは日本の宝です。韓国ではMERSなどの経験からFETPが100人おり、プラス軍医が動員され検査を実施。日本は10人少々。この違いで対策に違いが出ており是正したい
— Hiroshi Nishiura (@nishiurah) 2020年4月12日
韓国の疫学調査チームは、感染者と接触した可能性がある人の移動経路を調べ、個人別に連絡をし、発熱などの症状がある場合にはPCR検査を、無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等で2週間自己隔離をさせている。さらに、自宅隔離対象者には食料や生活支援金を自治体が支給しているといいます。
参考:https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=64275?site=nli
以上のような、「迅速な検査、接触履歴の迅速な追跡、接触者の迅速な隔離」を同時にしていることが、韓国で感染拡大を防ぐことができた原因だと考えられます。
ニューヨーク州は、経済活動再開のガイドラインとして感染者数や病床数の他、検査の拡大と追跡人員の確保を挙げており、韓国と同様の対策をしようとしているのだと思います。
ドイツも1人1人の追跡調査を行うという発表がされています。
''Now we have to go back to the beginning. We have to trace every single case.''
— DW News (@dwnews) 2020年5月1日
Angela Merkel explains why contact tracing is critical to control the #coronavirus epidemic in Germany. pic.twitter.com/vmWxOJSNVo
しかし、欧米にとって大事なことは、検査や追跡ができたとして、「無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等で2週間自己隔離」というQuarantineを徹底できるかにかかっているように思います。
4.「接触者の隔離(Quarantine)」を過小評価すると感染の連鎖が終わらない。
上のグラフでも引用したオックスフォード大学の論文で、もう一つ注目する表があります。それが下の表です。下の表でわかることは「症状のある人を検査して隔離するだけの場合、実効再生産数は最大でも40%しか減らすことはできない」ということです。
しかしながら、感染者との接触者までを追跡して検査すれば、発症前の人々(Pre-symptomatic)も把握できるようになり、感染を最大85%削減できます。要するに、症状のある人とその人と接触したすべての人の両方に対して検査や隔離(Quarantine)を行う必要があるということです。そして、接触者のうち無症状の場合には自己隔離対象者として指定し、自宅等での自己隔離をさせることが、感染の連鎖を断ち切る鍵になりそうです。
実は、日本が欧米と比べて感染拡大を抑えることができていたのは、様々な要因もあると思いますが、何よりもクラスター班によって濃厚接触者を迅速に特定し、検査および自主隔離の要請をしてきたというQuarantineが行われていたからだと思うようになりました。
事実、東京や和歌山、北海道、大阪などでクラスターが発見され次第、韓国と同様に徹底的に追跡と検査や接触者の隔離を行い、感染の連鎖を断ってきたと考えられます。同時に大型イベントの自粛要請や学校の全国一斉休業などによって、大規模感染のリスクは大きく低下させることができていたので、中国からの輸入が多い「第1波の流行」は防げたのではないでしょうか。
5.接触者が増えるとモラル任せでは限界がある。
第1波の流行をうまく防いだ日本は、しかしながら、3月中旬以降に自粛が緩んだ時期に、ちょうど欧米での感染拡大も始まりました。そして夜の街での飲み会などを通じて、クラスターが東京や大阪を中心に多発するようになったことは周知の事実です。これは「第2波の流行」とされています。
第2波の流行では感染者が多すぎて、接触者の追跡が難しくなったと言われています。しかし、これは私の感覚的な主張でしかありませんが、感染者数の増加と同時に多くの接触者のうち自己隔離をしない人が増え、そうした人の絶対数が多くなった結果として微妙に感染の連鎖が続いているのではないかと思うのです。
たしかに4月7日の緊急事態宣言からの約1カ月で、無理やりにでも感染の連鎖を断ち切ってきました。そして5月31日までの緊急事態宣言の延長することで確実に感染者は減るでしょう。しかし、感染は今後も続くことが予想されています。そして、接触者の隔離が本人のモラルに任されている以上、モラルが不十分で感染が再び拡大してしまうとクラスター対策では防ぐことはできません。
以上をもとに、私が強く求めるのは検査体制の強化や医療の整備以上に、「追跡した接触者の隔離の強化」です。
これを考えるに至ったきっかけは、コロナ担当の西村大臣の同行者が感染した際に、西村大臣は4月25日から自主的に自宅待機したにもかかわらず、27日に公務復帰をしているということです。まさに接触者の隔離を徹底していない象徴のような存在になってしまっていると思ってしまいました。検査で陰性だろうが、濃厚接触者でなかろうが、2週間隔離をして国民に接触者の隔離の重要性を伝えて欲しかったと思うのです。
以上になります。