上海教育事情ブログ

上海で個別塾「上海個別塾(シャンコベ)」を運営しつつ、上海の日本人向け教育事情についていろいろと書いていきます。上海だけでなく、他の海外からの中学受験、高校受験、大学受験について、一般入試や帰国生入試に分けてリアルな状況をお話します。

塾の先生が「日本の自粛期間を続けるべきか」を計算してみた

今回の新型コロナで学校やイベントがお休みになっていますが、「いつまで自粛すればいいの」というのがみなさんの関心事になっていると思います。普段、数学や英語を教えている身として、「英語で海外の文献を読み、数学を使って計算してみて欲しい」と思い、まずは自分でそれをやってみました。

※4/4(土)に一部修正をしました。

 

参考にした論文は以下です。

1. Alex De Visscher A COVID-19 Virus Epidemiological Model for Community and Policy Maker Use

2. Hiroshi Nishiuraら Closed environments facilitate secondary transmission of coronavirus disease 2019

3. Nian Shaoら CoVID-19 in Japan: What could happen in the future? 

 

ただし論文にあるモデル通りに自分で計算するのは難しいので、ここでは単にすでに計算されているデータを使うことにします。計算は違う機会にSEIRモデルで計算をしてみたいと思います。

 

今回の論文を見る限りでの結論を先に言うと、「いったん自粛をやめると一気に感染が拡大する」というものでした。つまり、「自粛はいつまで続くか」の答えは「治療法が確立するか、偶然にウイルスが弱まるまで」という何の見通しもないものでしかありません。

もし、いつまでかをある程度計算できるようしたいのであれば、他の国々のような強力な社会の移動制限策を取ることしか現状では科学的な示唆がありません。

 

1.何も対策をしない場合のシナリオ

前提として、Alex De Visscher氏の論文にあるモデルを使います。人口1億人、感染者が111人(初期症状:100人、軽中程度症状:10人、重症:1人)の状態の国が想定されています。ちょうど日本にあてはまりそうな初期状態です。

 

次に、1人がどれだけの人に感染させるか(これを再生産数=Rという)を計算します。Rは次の計算で求められます。

R=(感染率)×(感染期間)

例えば中国以外の国々では、4日間で約2倍の感染者数になっていることから、4日で1人が別の1人に感染させていると考えます。そうなると、感染は1日あたり0.25人増えていることになるので、感染率は0.25(人/日)です。さらに、感染期間が11.28日とすると、

R=0.25×11.28=2.82

となります。

 

つまり、感染した人は治るまでに1人が2.82人に感染させるという計算です。そして、何も対策が行われないとすると、この割合で感染が広がり続けます。そのグラフが以下です。

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黒い線が全人口、青い線が感染者数、赤い線が死者数です。縦の目もりは、0,10,100…と指数関数的に増えています。

Alex De Visscher氏の計算では、12日後に1,000人、1カ月で24,000人、2カ月で3,900,000人という途方もない人が感染することになります。3~4カ月で死者も100万人をこえます。これは恐ろしい、ということで各国で対策が取られているのです。

 

2.自粛+感染者の追跡によって感染を抑える場合のシナリオ

では、日本のように自粛を行い、感染を抑える戦略はどうでしょうか。Alex De Visscher氏の論文中では"flattening the curve"戦略として書かれています。感染者が2倍になる日数を4日から8.48日に延ばすと仮定すると、このとき、R=1.81になります。日本の専門者会議では日本のR(再生産数)は1前後と言っていたので、それよりは高い再生産数です。ここでは、少し自粛ムードが緩んだケースだと思ってください。

 

さて、グラフが以下のようになります。ピークが180日目前後に来ているのがわかり、対策なしの場合の80日前後よりは、ピークを遅くすることはできていますが、最終的にはかなりの感染者数や死者数になることがわかります。

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1カ月で2~3,000人のところまではまだいいのですが、その後1カ月で10倍ずつになり、2カ月目には2~30,000人に増え、3カ月目には2~300,000人までに増えます。Alex De Visscher氏も、"Clearly, flattening the curve is an inadequate strategy for fighting the COVID-19 pandemic."(明らかに、感染抑制策はCOVID-19の大流行に対処するには不十分な戦略である。)と述べています。

 

もともとが再生産数R=3前後で、治療法もないようなウイルスに対して、少しばかり感染率を抑えた程度では感染者数が爆発的に増えてしまうことは避けられないことがわかります。しかし、発症するまでの時間や感染者が爆発的に増えるまでにどうしても時差があるため、それほどの脅威として実感がしにくい。その結果「なんでいろいろ自粛しないといけないの」という疑問が生じてしまう。それがこの問題の扱いを非常に厄介にしている点に思います。

 

そもそもなぜ日本では再生産数Rが1前後に落ち着いているのでしょうか。それを知るには北海道大学の西浦博教授の論文を読むのが良さそうです。"with such a reduction in contact the reproduction number of COVID-19 in Japan will be maintained below 1 and contact tracing will be sufficient to contain disease spread."(このような(密閉空間での濃厚な)接触の減少によってCOVID19の再生産数が1未満を維持し、接触履歴の追跡によって十分に感染の拡散を抑えられるだろう)とあります。これまで日本では他国の比にならないほど真面目に自粛が行われてきたということです。確かに大規模なコンサートなどは総じて中止になっていました。加えて、一部で発生した集団感染をいち早く見つけ、徹底的な追跡を行うことでさらなる感染拡大を防いできていたということです。この地道な努力によって1前後の再生産数に落ち着いていたと考えられます。

 

逆に言うと、大規模イベントなどの自粛をやめてしまうと、接触履歴の追跡が追いつかなくなり、拡散が防げなくなります。3月19日の専門者会議で西浦教授が、「努力は水泡に帰してしまうかもしれない」との発言がありましたが、その通りなのだと思います。この3連休で一部のイベント開催などがされていますが、やはり今はまだ時期尚早に思います。

 

ともあれ、「自粛+感染者の追跡」では感染者が増減はあるものの一定程度出続けることになり、収束に向けてのイメージはいつまでもわかず、ウイルスがなんらかの形で収束するまで延々と自粛を続ける必要がありそうです。

 

3.「社会的距離」戦略のシナリオ

そして、今多くの国で取られている方法が"Social Distancing Intervention"のシナリオです。「社会的距離」戦略といわれています。

 

「社会的距離」とは、人との接触をなるべく避けることです。そのために、単なる外出などの自粛ではなく、公共交通機関を止め、通勤・通学もすべて停止させ、自宅待機などによって強制的にRを1以下にする「ロックダウン」の方法が取られやすいです。人に接触する機会が大きく減るので、当然Rは1を大きく下回ります。ちなみに、復旦のNian Shao氏らの論文を見る限り、私の滞在している上海や中国のその他の都市ではこの戦略をとったあとの再生産数は劇的に下がり、R=0.3くらいになっていました。

 

Alex De Visscher氏のモデルでは、R=2.82の状態で30日が過ぎた後に、社会的距離戦略をとってR=0.85にした場合で計算しています。グラフが以下になります。

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対策をとった30日以降、徐々に感染者数が減少しているのがわかります。しかしこの場合でも、死者は増え続け、8カ月後の死者数は1770人になり、またその後でさえ死者数は微増します。

結局は感染が0になるわけではないのですが、他のシナリオと比べると感染者数を減少させることができます。感染者数が一気に増加した欧米の各国で、会社への通勤までを禁じるような自宅待機を命じるのも、他に有効な対策がないということが背景にあります。

 

さらにここで注意したいことは、社会的距離戦略をとったとしてもすぐに効果はでないということです。社会的距離戦略をとり始めてからの最初の30日はあまり死者数も減らず、効果がないように感じられます。しかし、だからといって途中で緩めるようなことをすれば最終的にはかなりの死者数の違いが出てくると警鐘が鳴らされています。

 

もし、強力な社会的距離戦略をとれば、上海を例にとってみてもよりRを小さくすることも可能でしょう。その場合、1~2カ月で確実に収束が見えてくるようになり、例えば上海ディズニーランドの一部商業施設も1カ月半ほどで再開することができるようになりました。もちろん、大規模イベントなどはまだまだ再開はできませんが、そのようにリスクの低いものから徐々に社会活動が再開できるようになるはずです。

 

4.まとめ

さて、新型コロナウイルスにどう対処していくべきでしょうか。

 

そもそも、今回の記事を書くきっかけは、3月19日の専門者会議の会見でNewYorkTimesの記者が「なぜ社会的距離戦略をとらないのか」というような質問に対して、北海道大学の西浦博教授が「今まで国民のみなさんに一定の協力をしてきていただいた。これからのことはみなさんと話し合いたいと思っている。自粛よりも強固な行動の制限を長く続けられますか。」という話していたことです。

 

それを判断するためには計算が必要だと思います。私は子どもたちに「算数・数学は未来を予測するためのツールだ」と言ってきました。今回の新型コロナウイルスは、その数学の大切さを強烈に教えてくれているように思います。今の実感としては別に大したことがなくても、将来のリスクを考えて早く対策をして欲しいのです。

 

自粛を続けない限りは日本国内での感染爆発が起こるのは計算上避けられません。そもそも自粛なんていつまで続くかわかりません。しかし、緩めば感染爆発が起こる可能性が高い。それならば、まだ効果が科学的に証明されている社会的距離戦略をとるべきではないでしょうか。

 

さて、みなさんはどう思われますか。